1月14日の情報満載!1月14日なら?
... イロでのレヴィ=ストロースとアジアを歩いた人類学・鳥居龍蔵の出会いもそのひとつかも。『悲しき熱帯』には、日本人学者とリオの湾岸で考古学散歩をした、との記述があり、時期からいって鳥居龍蔵だろうと思っていた。ある移民資料をあたってみたら ...
... という質問に梅棹先生が答えられたのが鳥居龍蔵という名前でした。 それ以来、折にふれて雑誌などで名前を見かけるようになりましたが、古書市で生涯を書いた本を見つけ買ってきました。 鳥居龍蔵が生まれたのは明治3年。小学校を中退し ...
今朝の徳島新聞によると、「鳥居龍蔵博士の顕彰等に関する検討委員会」の委員15人が決まったとのことです。膠着している鳥居記念博物館の移転等の問題について、7月に第1回会合を開き、来年秋に意見をまとめるという計画だそうです。 ...
徳島県庁のホームページを見ていたら、「鳥居龍蔵博士の顕彰等に関する検討委員会」の委員募集というのがありました。「徳島県立鳥居記念博物館の移転に伴い、鳥居龍蔵博士の顕彰のあり方や資料等展示のあり方等について検討を行うため ...
... この卑南の地にある遺構を報告したのは、かの鳥居龍蔵(1870-1953)で、明治29~30年(1896~97)頃のことであります。 鳥居は台湾調査時に初めて写真機を導入したそうで、卑南文化公園にはその際に撮影されたものが紹介されていました。それがこちら。 ...